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2010/06/10(Thu) 00:30  
空のお散歩 - ソフィーのために -  まとめ xxx
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ジブリ作品「ハウルの動く城」についての解説です。
参考にどうぞ。

あなたがもっとハウルとジブリを好きになってくれますように。

01
02
03
04

続きはただいま執筆中!

カテゴリをうまく利用して下さい。


xxx diz

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連載 ハウルの動く城考察 | | | edit
2010/06/02(Wed) 02:44  
04 空のお散歩 - ソフィーのために - xxx
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03の続きです。お待たせして申し訳ない!
あ、印刷して自分用にとっておいて全然かまわないですよ!


翌日、ソフィはお店に下りてきません。
それは自分が《おばあさん》になったからです。

恋をしたのに、彼女にはそのハウルとの恋の可能性が見えないのです。

「ひどい風邪なの」

ドアの外に迎えにきた人に向かって彼女はこういいます。

彼女は、部屋にこもり、布団をかぶってベッドに座っています。

そう、彼女はひどい病気なのです。
彼女は《恋の病》というとても辛い病気にかかっているのです。

自分を相手にふさわしくないと思い、自分の恋は決して実る事はない恋だと自ら言い聞かせ
悩む娘は、誰だってまるで自分が《おばあさん》にでもなったかのように感じて
あんな風に部屋にこもりひざを抱えるもの...
なのかどうか、男の私には分かりませんが、でも、まさにあの姿はおばあさんというよりは
恋に悩む娘の姿のように私には見えました。

(そういえば、《おばあさん》になったソフィの腰が一番曲がっていたのは、彼女が
《おばあさん》になった直後でした。たぶんそれは、彼女が一番自分に絶望していたのは
まさにあのときだったからです。)

しかし、ひざを抱えて落ち込んでいた彼女もやがて行動に出ます。

「私はここにはいられないわ」

そう言って、ソフィは部屋を抜け出し、街を出ます。

しかし、ここで彼女は不思議な行動をとります。

彼女はまっすぐ山に向かうのです。

本当に「街を出る」ことだけが目的なら、腰の曲がった彼女にとって
川が流れているあの街を出る最も容易な方法は、それをさかのぼるにしろ
下るにしろ、その川に沿っていく事であるはずです。

ところが彼女はそうしませんでした。

彼女は、それがまるで当たり前のように、まっすぐ川の向こうの険しい山に向かうのです。

なぜ?

多分、理由はたったひとつしかないはずです。

彼女が山に向かうのは、そこにハウルの城があることを知っていたからです。
(他にどんな理由があるでしょう!)

彼女は自分の恋の不可能を知っています。

けれども彼女の無意識のうちにある、彼のそばにいたいという思いは消えません。

それが彼女を山に向かわせるのです。

そのうえ彼女はもう《おばあさん》になってしまったのです。

もう一度言えば《おばあさん》とは女性でありながら実は恋愛の対象の埒外にある存在です。

けれども、そのことは逆説的に彼女に近づく勇気を与えてくれます。

なぜなら、恋愛の対象として求めれば拒絶されることも「恋人になるつもりを持たない者」=《おばあさん》なら
相手の男も受け入れてくれることがたくさんあるからです。

恋の始まりの段階で「クラスメートとして」とか、「部活仲間として」とか
あるいは「友達として」とは、よく使われる言葉ですが
それらはみな、恋愛の対象としてではなく相手に対しての自らの関係をあいまいにしておくほうが
かえって自分を、相手に対して、行動の自由を保障された存在にしてくれる事を私たちがみんなよく知っているからです。

だからソフィは《おばあさん》としての自分ならハウルも拒まないだろうということを感じています。

そして、《おばあさん》として恋を諦めた自分もまた、彼に対してより自然に自由に
ふるまえることを感じているのです。

だからこそ、彼女はまっすぐハウルのいる山を目指します。

彼女の腰はもうそんなに曲がっていません。

続く。



xxx diz

連載 ハウルの動く城考察 | | | edit
2010/05/28(Fri) 01:09  
03 空のお散歩 - ソフィーのために - xxx

最初から読む場合はまとめを見て下さい。
02の続きです。


それは、一人きりになったときの自分の心の中。
そこはどんなに多くの人たちが、私たちの許可なしに入り込んでくることでしょう!

だとすれば、ひょっとしてあのお店の場面が表していたものは
実はソフィの心の中のことだったのではないでしょうか。

そしてそこに、「明かりを点ける」とは、ソフィが一人そっと自分の心の中をのぞき込むことだったのではないでしょうか。

《荒れ地の魔女》が現れたのはそのときでした。

《魔女》はまさに、一人きりになった彼女が自分の心の中をのぞき込んだときその心の中に忍び込んで来たのでした。

もっと言うなら、《荒れ地の魔女》とは実はソフィが自分で呼び込んだものなのかもしれないのです。

さて、やってきた《荒れ地の魔女》は「ハウルの心臓を狙っている」のだと自分のことをソフィに語ります。

魔女は自分がなぜハウルの心臓を狙うのか、その理由も述べますが、大事なことは表向きのそんな理由があるのではないでしょうか。

心臓がハートのことであり、ハートとはハートマーク♥のことであり
ハートマーク♥が恋心を表すなどということは小学校の女の子でもわかる比喩です。

「ハウルの心臓を狙っている」者とは、実は「ハウルの♥(ハートマーク)をねらっている」者であるはずです。

そのような者が突然ソフィの心の中に忍び込んで来たのは、もちろん彼女がハウルに恋してしまっていたからです。
(そうでなければやってくるはずもありません!)

加えて言うなら、彼女がその恋に全く確信が持てないからです。

自分のことを「きれいではない」と思っている娘をおびやかす《魔女》とは
まぎれもなく「自分よりきれいで、しかもハウルの心を奪おうとしている女の人」のことであり
あるいは「そんな女の人がきっといるはずだ」という娘の不安な思いそのものなのだったはずです。

そんな《荒れ地の魔女》が、派手に着飾って化粧が濃いわりにはちっとも美しくないのは
それがあくまでソフィの側から見た姿だからでしょう。

「ハウルのハートを狙うきれいな女の人」とは彼女にとってもちろん忌まわしい存在です。

彼女にとって彼のハートを狙う《きれいな女の人》とは
「うわべは着飾ってきれいに見えるけど、本当は少しも美しくない女」でなければありません。

それが彼女が思い浮かべた彼女の恋のライバルです。


「出て行って下さい」

もちろんソフィはそう言います。

「ここは私のお店です!」

彼女はこの忌まわしい存在を一刻も早く彼女の心から追い出したい。

けれども《魔女》は出て行きません。

なぜならソフィが自分に不釣り合いなほどすばらしすぎると思っているハウルに恋している限り
彼女の不安は消えようがないからです。

《魔女》は出て行かないどころか、平然と彼女のお店の中を歩きながら
店に並べられた彼女の作った帽子を手に取ったりさえします。

それはソフィという娘がどんな娘であるのかを恋のライバル《魔女》の目によって点検することでした。

「なんて安っぽくて貧乏くさいんだろうね」

《魔女》はソフィの作った帽子に、こうけちをつけます。

むろん、ソフィはこれに反発をします。

けれど《魔女》がささやく言葉は、実はソフィ自身が自分に向けた言葉でもあるはずです。

地味で控えめな自分の趣味が、あの輝くように素晴らしいハウルの好みに全く合わないのではないかという不安...
それがあの言葉を《魔女》に言わせたのです。

やがて《魔女》はソフィに魔法をかけます。
彼女は《おばあさん》になります。

《魔女》が去ったときソフィの手はしわしわになります。

腰も曲がってきます。

けれども本当に自分がおばあさんになったのかどうか、はっきりしていません。

「落ち着け。落ち着け。」

彼女はそう言いながら鏡の方に向かいます。

けれど鏡に向き合った彼女は、そこで自分がまぎれもなく《おばあさん》であることを確認します。

それは言ってしまえば、自分で自分が「ハウルにふさわしい《きれいな娘》でない」ことを確認したときでした。

「魔法」という枠組みを忘れてしまえば
ーー何度も言うように、そうすることがこの物語をとても分かりやすいものに変えてくれます!ーー

本当は若い娘なのに、その自分の姿がソフィに《おばあさん》に見えてしまうのは、このとき彼女が
自分の中に作り上げたハウルの視線(それは本当のハウルの視線ではありません)で自分を見たからでした。

つまり自分を《おばあさん》と思わせ、ハウルとの恋の不可能性を告げた《荒れ地の魔女》とは
本当は、彼女が自分の中に作り上げたハウルの視線で自分を写す《鏡》だったのです。

美しいハウル!
綺麗な娘の心臓を欲しがるハウル!
きれいじゃない私...

彼女は部屋にこもります。

続く。

xxx diz

連載 ハウルの動く城考察 | | | edit
2010/05/28(Fri) 00:26  
02 空のお散歩 - ソフィーのために - xxx
01の続きです。


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彼女にとってその日の出来事は夢のようなことでした。
けれども、それが夢のようであればあるほど、彼女は心の片隅で
こんな風にも思っていたはずです。

「彼が自分を《空の散歩》に誘ったのは、単なる彼の気まぐれ。
じゃなかったら、本当に彼が追っ手をまこうとしていたとき、たまたまそこに私がいただけ。
だって「きれいな娘の心臓を取る」ハウルは決して「きれいではない」私をわざわざ選んだりしないはずだから...」

恋とは、自分が思い定めた特定の相手から、自分もまた特定の者として選ばれることを欲するということです。

けれども、不意にその相手に自分が選ばれたとき、そこに恍惚とともに不安 ーー
それがたまたまのことであって、自分が相手に本当に選ばれたわけではないのではないかという不安 ーー
が 心にわきあがってくるのは、なにもソフィだけに限られた心の動きではないはずです。

仮に恋というものが、相手のことをかけがえもなくすばらしいものに思いなすことだとすれば
恋に落ちた者が自分のことを、相手に全く値しない者ではないか、と考えるのはごく自然の事柄のはずだからです。

とはいえ、彼女は彼に恋をしてしまったのです。
どうすればいいのでしょう?

初めての経験で心の整理がつかないまま
彼女は自分のお店に帰ってきます。

彼女は日が暮れて一人帰り着いた自分の店にカギをかけ、小さな明かりをつけます。

すると突然、ハウルの心臓を狙っているという《荒れ地の魔女》が彼女の店に入り込んで来ます。

魔女がやって来たのは、彼女がハウルに関わったからだといいます。
魔女はソフィに魔法をかけます。
魔法にかけられたソフィはおばあさんになってしまいます。

なんだか不思議な話です。

それにこの《魔女》が述べる、ソフィのもとへやってきた理由は
見る者にあまり説得力を持っているように思えません。

現に、塾の中学生たちはここらあたりでなんだかわけがわからなくなったそうです。

唐突な魔女の出現、おばあさんになってしまうソフィ...

たしかによく分かりませんね。

でも逆に言えば、ここをなんとかわかれば、全体の構図も見えてきそうです。

さて、魔女であればソフィをカカシにでもカエルにでも石ころにだって変えることが出来たはずでした。

なのになぜ、この《荒れ地の魔女》はソフィをわざわざ《おばあさん》なんかに変えてしまったのでしょう。

ひょっとしたら、この《おばあさん》ということの中にこそ
この物語の秘密が隠されているのかもしれません。

《おばあさん》という概念にはもちろんいろいろな側面があります。
けれど、この話が《恋》の話だとすれば、ここで語られる一番重要なことは
たぶん《おばあさん》とは「女性でありながら、もはや《恋》の対象としては愛されることのない者のことだ!」ということでしょう。

つまりソフィが《荒れ地の魔女》によって《おばあさん》にされてしまったということは
「彼女がハウルと恋をし、結ばれることは不可能である!」ことをこの《魔女》に宣言されたということなのです。

では、ソフィに「あなたは《おばあさん》=《恋愛不適格者》だ」と告げた《荒れ地の魔女》とは一体何者なのでしょう?

でもそのことを考える前に、そもそもカギをかけたはずのお店の中に、なぜ魔女は入って来られたのかを考えてみましょう。

魔女だから?

本当にそうなのでしょうか?
(だって、あのとき以外《荒れ地の魔女》や魔女の手下たちはドアさえ閉まっていれば彼女がいる部屋の中に入って来られませんでしたよ。)

もう一度あの場面に戻ってみましょう。

場面は外から戻ってカギをかけただあれもいないお店でした。

外から戻ってカギをかけただあれもいない場所...
そんな場所を思い浮かべてみるとき、まず思い浮かぶのは自分の部屋です。

けれどそこには家族だってノックなしに入っては来ないはずです。

では一人きりになってちゃんとカギをかけたのに、不意にだれかがノックもなしに入ってくる場所っていったいどこなんでしょう?

よーく考えてごらんなさい。

すると、そんな場所を私たちの誰もが一つ持っていることに気づくはずです。



xxx diz

連載 ハウルの動く城考察 | | | edit
2010/05/27(Thu) 15:36  
01 空のお散歩 - ソフィーのために - xxx

プロローグ

先生が私のためにジブリ作品、ハウルの動く城の解説書を作って下さいました。
ずいぶん昔、私が中学生だったときに ハウルの動く城を劇場で見たのですが
楽しかったけれど、理解できなかった部分が多かったので先生にそれを伝えると
次の週、この解説書を下さいました。

とても分かりやすく、読んでいて楽しいもので
このブログの読者さんにもぜひ読んで欲しいと思うので
ブログにその内容を 小分けにしながらお届けしようという企画です。

この解説書のおかげでハウルの動く城という作品が大好きになりました。
素敵な映画なんだな と気づかせてくれた先生に感謝です。


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空のお散歩 - ソフィーのために -

夢を見たんだ。
女の人が出てきてね、でもそれが誰だか分からないんだ。
あれは誰だったんだろう。
きっと大事な人のはずなのにね。
だって、夢って僕らのわすれものをとっておいてくれる場所のはずでしょ。



ソフィーは「荒れ地の魔女」によって《おばあさん》にされたのではありません。
ソフィはハウルに会ったあと、自分で《おばあさん》になったのです。
もしもそれが《魔法》なら彼女に《魔法》をかけたのはハウルという名前の青年です。
そしてその《魔法》の名前は《恋》という名前でした。



ソフィは町の帽子屋さんです。
亡くなったお父さんから引き継いだお店を切り盛りしているのですが
自分のお店なのに どうやら彼女は売り場に立ってお客の相手をするよりも
むしろ、1人店の奥で帽子を作る方が自分には合っているように思っているようです。

人を美しく飾る帽子を作りながら、彼女自身はいつも地味な服装をしています。
彼女には妹がいて、町のカフェのウェイトレスをしています。
妹は明るく誰からも好かれる人気者なのに対し、ソフィは少し引っ込み思案。
...映画はまずそのはじめに ヒロインのそんな控えめな性格をそっと僕たちに示してくれます。

さて、そんな彼女はある日 町で素敵な青年に出会います。
彼女が兵隊たちにからかわれて困っているところを助けたその青年は、自分を追っている者たちをまくためだから
といって彼女の手をとり、彼女を《空の散歩》に誘います。

ハウルという青年が《魔法使い》だということを忘れてしまえば...
たぶん、そうすることがこの映画全体を非常に分かりやすいものに変えてくれるはずです!
そこに示された映像はきわめて単純なことを示唆しているように思えます。

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ふわふわと空を歩く お空の散歩!

これが何の比喩なのか、恋をしたことがある人なら、あるいは初恋のこと
あるいは初めてのデートの日、二人で歩いた感覚を覚えている人なら 誰だって分かります!

そう、それは言うまでもなく《恋》と呼ばれるもの。
だって見てごらんなさい。
この《お散歩》のあと彼女はバルコニーの手すりに放心状態で寄りかかっているでしょ。
これはジュリエット以来の古典的ポーズではありませんか!

そして、これは多分彼女のはじめての恋なのです。
もちろん、彼女だってそれまでに異性のだれかに魅かれることはあったかもしれません。
けれど、控えめなこの娘は、それまで誰かと《空》を歩いたことなんて
きっとなかったはずですから。

「その人、ハウルかもしれないよ」
姉に向かって妹が言います。

もし、その青年がハウルなら
それは「きれいな娘の心臓を取る」と噂されている魔法使いの青年です。

「でもあの人、やさしい、良い人だったよ」ソフィが言います。
(惚れてしまった娘は相手の男のことをたいていこう言うものです!)

そう、ソフィにとってあの青年は優しい良い人だった。
そのうえかっこ良く、颯爽としていて、声だってキムタクみたいに魅力的だった!

けれど、本当に彼がハウルだったなら... 。

ソフィは妹に向かってこういいます。
「もしあの人がハウルでも、私はあの人に心臓を取られるはずないわ」

彼女がこういうのは、自分のことを「きれいではない」と思っているからです。

きれいではない娘の心臓をハウルは狙うはずもないからです。
ですからこの言葉は「自分がハウルにとって何の価値もない者だ」というソフィの自己認識の表明です。

では、これは彼女の安心を確認する言葉だったのでしょうか?
いいえ、ちがうはずです。

なぜって、このときソフィは自分を空の散歩に誘った若者が魔法使いのハウルであることをちゃんとわかっていたにちがいないからです。

だって魔法を使うもの以外、いったい誰が彼女を連れて《空》なんて歩いたり出来るでしょう!
地味で控えめな彼女を連れて《空》を歩くような経験をさせてくれたあの若者こそ
ソフィにとってはまさに《魔法使い》だったはずです。

けれどその若者にとって本当は自分が何の評価もされ得ない娘だとしたら...

たぶん彼女はこの言葉を少し悲しい心でつぶやいたはずです。


続く。

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